#ハマキモノ

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一生抱えていく後悔(再稿)

 

死ネタを含みます。自己責任でお読みください。

 

 

 「記憶の中で、一番心を動かされた経験」と言われて気づいたのだが、私の記憶は感情が伴っていない。写真のように、人や風景を思い出す。匂いも、音もしない。

 

 思い出せるのは後悔ばかりだ。学生の頃に書いていた小説を一度も完結できなかったこと。15年以上習っていたクラシックバレエを、自分はこんなもんだと決めて最後まで練習しなかったこと。

 いま一つずつ、これらと折り合いをつけている。ブログを書いて、サロンにも入ったし、8月には通っていたバレエ教室の発表会に出る。なんの身にもならないかもしれないけど、取り返せない後悔に比べたら、挑戦できるだけましだ。

 

 もうどうしようもない場合もある。例えば、相手が死んでしまっているとき。

 

 祖母は死ぬ前の数年間、認知症だった。テレビや漫画でよくある「あなた誰?」みたいなやり取りはなく、私や家族のことはしっかり覚えていた。生活能力もあったので変わらず一人暮らしをしていて、数日ごとに母が様子を見に行っていた。

最後に話したとき、私は留学でバンクーバーにいて、母からのテレビ電話越しに祖母を見た。いつもおしゃれに気を配り、綺麗にパーマがかかっていたはずなのに、よく分からない服を着て、少年のように髪の毛が短くなっていた。どうやら1週間に1回くらいのペースで1000円カットに行っているらしく、認知症で元気って厄介だなと思った気がする。

 その数か月後、お風呂場で一人、ひざを抱えて死んだ。連絡が取れないのを不審に思った母が様子を見に行ったときはもう手遅れだった。

 

 一番記憶に残っているのは、電話越しの声だ。家に電話がかかってくると、「オバアチャン、カラデス」と知らせる音が響く。祖母の家から引っ越したばかりの頃は電話に飛びついていたけれど、大きくなるにつれ、うんざりした気持ちが強くなった。

 祖母が話すのは、いつも同じことの繰り返しだから。テレビを見てチャンネルを変える話と、原爆の話。おそらくこの頃から少しずつ、ボケ始めていたのだろう。

 私は全く気づかなかった。留守番電話に切り替わり、「あいちゃん、おばあちゃんですよ、あいちゃーん」という呼びかけに、応えなかった。

 いつの間にか電話も来なくなり、祖母は認知症と診断されていた。孤独が祖母を認知症にした。私があの声に答えなかったから、テレビしかお友達がいないのがさみしくて、祖母は色々忘れていったのだ。そして、一人で死なせてしまった。もっとちゃんと祖母と付き合っていれば、あんな風に死ななかったかもしれない、と生産性のないもしも話を考えてしまう。

 

 考えても仕方ないことなのは重々承知している。たぶん、おばあちゃんは私のことを恨んだりしてないだろう。恨んでたとしても、私には届いていない。

私は神社にいくたびに「おばあちゃん元気ですか」と聞いているけど、応えてくれない。どこまでも一方通行だ。

 

 私はもうテレビでも映画でも、認知症患者を見ることができない。お湯の無い湯船に、裸で体育座りしている祖母がちらつくから。病院にも行きたくない。ちょっとびっこを引いている白衣姿のおばあちゃんがいないから。楽しい思い出があるはずなのに、昔のアルバムを見ても、何の写真なのか全く分からない。

 おばあちゃんのことを考えると、涙があふれてきて止まらなくなる。時間や場所、1人か誰かと一緒か関係なく。悲しいから涙が出るんだろうけど、よく泣けるなと嗤ってしまう。

 大好きな人を一時的な感情でないがしろにした。その事実は一生変わらない。いまさら後悔して泣いても、相手には伝わらない。伝えられない。

 

行動するときは、よく考えた方がいい。いま自分が死んだら、もしくは、誰かが死んでしまったら、後悔することはないか。