行き先を決めたらどこでも行ける

今週のお題「行ってみたい場所」

 

 

 

「それで彼氏にキレちゃってさぁ、昨日の夜も電話きたけど無視しちゃった」

「わかるー、ま、自業自得だよね」

 

 

あぁ、まただ、茜は思った。

 

 

昔からずっと付き合っていて、何でも話せる仲のはずなのに、ひどく居心地が悪い。

 

 この時間があれば、気になってる映画が見れた。急に肌寒くなったから秋物のコートも買いたい。家でお気に入りの紅茶をゆっくり飲むことだってできた。

 

自分の愚痴を聞いてもらうこともあるのだから、友達の話もちゃんと聞かなきゃ、と思うのに頭に入ってこない。

 

 

「ちょっと茜、聞いてる?」

「ごめんごめん、何?」

「もー、この後どうするかって話。近くに気になってるバーがあるんだけど、一緒に行かない?」

「いいよ!行こう行こう!」

 

思ってもない言葉がすんなり出てくるのが、大人になったってことなのかな。

 

 

 移動中、ふと見たショーウィンドウに移った自分はどこか浮かない顔だ。

 

足元の影を見て苦笑した。この思いは影のようだ。

 

常に意識するわけじゃないけれど、いつもぼんやりと、心の中で思っている。

 

 

 

 

どこか別のところに行きたい・・・

 

 

 

 

 

 どうしよう・・・茜の視線の先には、中野先輩がいた。

 

 

仕事はバリバリできるんだけど、プライベートは何しているか謎。

綺麗で色気もあるから愛人業で忙しいんじゃないの、と同僚が噂しているのを聞いたことがある。

 

 

お昼の社食は、リニューアルして以降メニューも増えて美味しくなったので、早く行かないと席がすぐに埋まってしまう。

 

キリのいいところまで仕事をしていたせいで、いま空いている席は、その先輩の向かい側の席だけだった。

 

 

「お疲れ様です。中野先輩、一緒にいいですか」

 

「木村さん。お疲れ様。どうぞ。」

ドキドキしながら話しかけると、あっさりと許可が出た。

茜はお礼を言い、向かい側の席に座る。

 

 

健康を意識した、低カロリーのメニュー。本当は味の濃いものが好きだったが、昨日夜遅くまで飲んでいたので、バランスをとった結果だ。

 

結局あの後は何だかんだで楽しかった。行くまでが億劫だけれど、着いてしまえばスイッチが自然と切り替わって、友人と冗談を言い合える。

 

移動中に感じていたほの暗さはまたどこかへ引っ込んでいた。

 

 

 

 

 

 「これ、よかったら。」

 

先輩の方に視線を移すと、パイナップルの形をしたクッキーが目に入った。

 

 

「わぁ、ありがとうございます。ハワイのですよね。いつ行ったんですか?」

 

プロジェクトが立て込んでいて、夜遅くまで残業しているのを見かけていたのに。

 

「金曜の夜に発って、昨日帰ってきたの。最近忙しくて、どっか行きたいと思っちゃって。」

 

「へーすごい。私もどこか行きたいと思うことよくありますよ。」

 

 

「どこかって?」

 

 

「具体的には考えてないですけど・・・」

 

 嫌なことがあったとき、ぼーっとしてるとき、楽しいときでさえ、どこか別のところへ行きたいと思っている。

けれど、思っているだけでそれがどこなのか、真剣に考えたことは無かった。

 

「自分の理想にぴったりの完璧な場所なんてないんだから、気になるところに行ってみたら?漠然と考えてるだけじゃなにも決まらないよ。」

 

それじゃあお先に、と言って先輩は早々に席を立った。

 

 茜は、貰ったクッキーを食べながら、ハワイは行ったことない。どうせ行くなら日本人があまりいないところがいいな、と考えていることに気づいて苦笑した。

 

帰りに本屋さんに寄ってみよう。茜は立ち上がり、窓から入る光に目を細めた。